斑尾高原とは

標高1,000m、8月平均気温21℃!
誰もがくつろげる、絶景のマウンテンフィールド

雄大な山々のパノラマに抱かれ、100軒もの個性あふれるホテルやペンション、ショップが点在するオールシーズンリゾート。唱歌『ふるさと』にも唄われた"かの山"斑尾山に登れば、眼下には野尻湖、遠くは日本海を見渡す絶景が広がります。夏は爽やかな涼風そよぐ避暑地として、冬は毎年3~4mという豊富な積雪量に恵まれるスキー場として、またグリーンシーズンはアウトドアスポーツやトレッキング、自然体験など各種アクティビティを楽しむ場として、四季折々、いつ訪れても人々を心地よく迎えてくれる、癒しのマウンテンフィールドです。

残雪の中咲き出すミズバショウとリュウキンカ(沼の原湿原)
残雪の中咲き出すミズバショウとリュウキンカ(沼の原湿原)
日本画家の東山魁夷にも描かれた神秘の湖「希望湖」(のぞみこ)
日本画家の東山魁夷にも描かれた神秘の湖「希望湖」(のぞみこ)
「斑尾イエロー」といわれる黄金色に染まるブナの森
「斑尾イエロー」といわれる黄金色に染まるブナの森
妙高山を望む絶景(毛無山より)
妙高山を望む絶景(毛無山より)

斑尾高原の場所

東京、金沢からおよそ2時間
長野市街地や日本海へも好アクセス

斑尾高原が位置するのは長野県と新潟県の県境。長野県飯山市と新潟県妙高市にまたがっています。電車での最寄り駅は、長野県飯山市の「飯山駅」。北陸新幹線の延伸開業によって、東京駅、そして金沢駅から飯山駅までおよそ1時間半前後で結ばれました。(飯山駅から斑尾高原まではタクシーや送迎バスでおよそ30分)
車の場合は、上信越道豊田飯山ICから約20分(飯山市街地経由の場合は約25分)、妙高高原ICからも約25分と好アクセスです。
また、長野市街地や日本海等へも車で約1時間ほどの距離のため、北信濃の観光の拠点としても最適です。

詳しくはアクセスページへ

斑尾高原のあゆみ

豊かな自然を大切にしてきた高原の歴史

昭和39年に東京オリンピックが開催され、驚異的な高度成長を遂げた日本経済の陰で、長野県の最北端に位置する飯山市は深刻な過疎問題を抱えていました。飯山市の西方に位置する斑尾山麓の開発計画が、どこからともなく持ち上がったのはちょうどその頃でした。
昭和42年5月に、住民と飯山市が協力して斑尾開発を進めていくという目的で、「斑尾高原開発促進期成同盟」が発足し、同年10月には、長野県企業局により、住民と行政が一致協力して観光開発にあたる「菅平方式」による観光開発が表明されたのでした。 飯山市内からの12kmにもおよぶ取り付け道路の難工事をはじめ、市町村や県という行政区の違いから生じるさまざまな問題などの大きな壁を越え、いよいよ昭和47年12月1日、ホテル1棟とペンション7軒、そして斑尾高原スキー場がオープンしたのでした。 全国的なペンションブームの中、宿泊施設の数も大幅に増え、夏のテニスに冬のスキーという斑尾高原のイメージは定着していきました。そして、10年後の昭和57年には、世界的なビッグイベントとも言える「第1回ニューポート・ジャズ・フェスティバル・イン・斑尾」が開催され、今でも多くのファンに語り継がれています。昭和63年には、フリースタイルワールドカップが開催され、モーグルスキーの草分け的スキー場となりました。また、多種多様なニーズに応えるべく、さまざまなアウトドアスポーツが体験できるスポーツリゾートとしての設備も整ってきました。

開発当時の斑尾高原
開発当時の斑尾高原

トレッキング、森林セラピーの一大聖地へ

そして、変革の時代を迎えた今、斑尾高原も新たなるスタートを切ろうとしています。15年ほど前から整備が進められてきた、総延長約50kmもの「斑尾高原トレッキングトレイル」が完成しました。3つの山頂に、3つの湿原、そして4つの池・沼と点在するブナの原生林を結ぶコースは、ペンションビレッジから全く車道を通らずに歩くことができる回遊性のあるもので、レベルや時間に合わせてコースを選ぶことができます。また斑尾高原は長野・新潟県境を歩く全長80kmロングトレイル「信越トレイル」の起点にもなっています。さらに、平成15年には、「まだらお高原 山の家」がオープンし、斑尾高原のビジターセンターとして、また、さまざまな自然体験を提供する施設として、新たな魅力の発見をお手伝いする場となりました。 また近年では、整備の行き届いたトレイルを利用し、斑尾山麓の豊かな自然を満喫できる「トレイルランニング」や「森林セラピー」といったメニューも、時代のニーズとともに脚光を浴びています。

現在の斑尾高原
現在の斑尾高原